ブリスベンでの語学留学を振り返って:たった半年で人生観が変わった理由
2025年9月19日
勤めてた会社を退職してオーストラリア ブリスベンへ約6か月間の語学留学に行かれたNaoさんの体験談です。
6か月間、英語の勉強+アルバイトを掛け持ちしながらの語学留学体験談更新です
それに加えて、英語を学んでみたいという思いもありました。学生時代から特別に英語が得意だったわけではなく、社会人になってから「旅行が好きだからもっと海外に行きたい。でも英語ができなければ海外ではやはり限界がある」と感じるようになったんです。
「喋れるに越したことはない」という気持ちと、新しいことに挑戦してみたいという思いから、語学留学を決意しました。仕事自体は好きで辞めたいという理由は特になかったのですが、一度立ち止まって新しい環境に飛び込んでみたい、そんな気持ちが強かったですね。
また、穏やかでフレンドリーな人が多いという噂も耳にしていて、そうした人柄にも惹かれてブリスベンに決めました。

実際に住んでみて感じたのは、想像以上に都会だったということです。特に街の中心部は活気があり、アジア人も多く暮らしていました。一方で、私が住んでいた北のエリアはローカルの人ばかりで落ち着いた雰囲気でした。そのギャップも面白かったですね。
シドニーにも旅行で行きましたが、人がとても多くて刺激的ではあるものの、長期で住むには少し大変そうだなと感じました。その点、ブリスベンは都市としての便利さと暮らしやすさのバランスがあり、自分には合っていたと思います。さらに、ゴールドコーストやサンシャインコーストといったビーチにも電車でアクセスできるのも魅力でした。
印象に残っている先生は「リチャード」と「ノア」です。特にリチャードはすごく良かったです。彼の授業は教科書に沿って進めるというよりも、会話やゲームを通して実際に英語を使うことを重視していました。とにかく「話してなんぼ」というスタイルで、授業中は常に英語を使う環境を作ってくれました。
また、ネイティブが日常で使う自然な表現や、教科書では学べないような豆知識的なフレーズをたくさん教えてくれたのも印象的です。そのおかげで「テスト用の英語」ではなく「実際に使える英語」を学べたと感じます。
教材もユニークで、教科書をベースにするのではなく、先生オリジナルのプリントを使うことが多かったです。例えば文法を学ぶときも、ただ教科書を読むのではなく、練習用のプリントで会話やアクティビティをしながら学ぶ流れでした。そのため、授業後に教科書を見て「あ、今日ここをやったんだ」と気づくような感じでしたね。

ノアもまた良い先生で、リチャード同様に実践型の授業スタイルでした。どちらの先生からも「英語を実際に使って学ぶ」ことの大切さを強く学べたと思います。
アッパーのクラスでもリチャードは同じようなスタイルで、とにかく会話やアクティビティ中心でした。
一方で、ノアはまた違ったタイプの先生でした。インターミディエイトのクラスだったこともあり、文法を丁寧に教えてくれるのが特徴でした。授業の流れは「文法のポイントをホワイトボードでしっかり解説 → 練習問題で理解を確認 → その文法を会話やアクティビティで実際に使う」という形で、最初にインプットしてからアウトプットにつなげるスタイル。分からないことがあれば気軽に質問でき、クラス全体で発言しやすい雰囲気もありました。
教科書をそのまま進めるのではなく、大事な部分は時間をかけて説明し、逆に必要ないところは飛ばす、といった柔軟な進め方も印象的でした。文法をしっかり理解しつつ、会話で使う時間も多かったので、バランスの良い授業だったと思います。
リチャードとノア、タイプは違いましたが、どちらも「実際に英語を使うこと」を大切にしていて、自分にはとても合っていた先生たちでした。
リチャードやノアの授業では、サイコロを使ったゲーム形式のアクティビティもありました。サイコロを振って止まったマスに書かれた英語の質問に答える、あるいは相手に質問をする、というシンプルなルールですが、自分で考えて英語で表現する必要があるため、とても勉強になりました。
同じテーブルの5~6人で行うので、他の人が答える内容をリスニングできたり、質問文を一緒に読み解いたりもできる点が良かったです。自分のターン以外でも「どう答えるのかな?」と集中して聞けるので、自然とリスニング力も伸び、飽きずに楽しめました。英語を「読む・書く」だけでなく、「考えて話す」実践型の学び方だったのが印象的です。

一方で、先生によってはまったくスタイルが違う場合もありました。例えば「教科書をひたすら進めるだけ」という授業スタイルの先生もいて、教科書の文章を順番に音読して発音を直される、といった形式です。もちろん発音矯正の面では役立ちますが、自分には少し退屈に感じられ、日本の学校式の授業のように思えました。
アッパーレベルでも先生は複数人いて(大体4人ほど)、授業担当が交代になることもあったので、「実践型でアクティブに学べる授業」と「教科書中心で淡々と進む授業」の両方を経験することになりました。結果として、自分に合う学び方・先生のスタイルがよく分かり、良い経験になったと思います。
でも、強制的に英語を使わざるを得ない環境だったからこそ、結果的にすごく良かったと感じています。特に日本人学生が多かったので、もし母国語禁止ルールがなかったら、間違いなく日本語ばかり話してしまっていたと思います。実際、このルールがあったおかげで「どうにかして英語で伝えなきゃ」と頭を使うようになり、リスニングも「相手の言い回しを真似してみよう」と吸収できるようになりました。
日本語を話せない状況が日常になるので、英語を習慣的に使うのが早く身についたと思います。最初は大変でしたが、今振り返るとこの環境があったからこそ上達が早かったのではないかと感じます。
ちなみに、このルールを破った場合は本当に帰らされることもあります。実際、私が在籍していたときにも一度だけ見ました。イタリア人の学生が廊下でイタリア語を話しているのをスタッフに見つかり、そのまま「Go home!」と注意され、帰宅させられていました。ルールはしっかり運用されているんだなと実感した出来事でした。
というのも、私は留学中にコロナに感染したり、原因不明の高熱で40度近い発熱を2回経験したりと、体調面でトラブルが重なったからです。学生ビザでは出席日数の管理がとても重要なので、「この欠席はどう扱われるのか」「卒業時期に影響が出るのか」といった点を細かく相談しました。
特にコロナの際は、最初の2日間はただの風邪かと思って休んでいましたが、その後病院で診断を受けた日から5日間が正式な「コロナホリデー」として扱われました。そのため、最初の2日分は通常の欠席扱いに。結果的には、休暇(ホリデー)の残りを調整して予定通りの時期に卒業できるようにしてもらいました。当初は12月末が卒業予定でしたが、相談の結果、12月上旬に早めに修了することができました。
こうしたやり取りを通じて、日本人スタッフの方とは自然と距離も縮まりました。特に体調や出席に関する不安を日本語で相談できたのは大きな安心材料でした。もし全部英語でやり取りしなければならなかったら、とても大変だったと思います。留学生活の中で、母国語で頼れるスタッフの存在は本当に心強かったです。
私が渡航したのは冬の時期でしたが、ブリスベンの冬は日本の冬とは全く違います。昼間は20℃前後、朝晩は10℃前後と過ごしやすく、むしろ冬のほうが快適に感じました。日中は少し羽織れば十分で、「これくらいがちょうどいい」と思える気候でした。
ただし、家の中は少し寒かったです。暖房器具がなく、窓も開けっ放しという家が多かったので、最初は「え、本当に寒くないの?」と驚きました。ホストファミリーの子どもたちが薄着で元気に遊んでいるのを見て、日本との違いを実感しましたね。寒いときは服を着込めば対応できるので、そこまで困ることはありませんでした。
一方で夏はとても暑く、特に日差しが強烈です。外に出ると肌にじりじりとくるような感覚があり、日焼け止めや帽子は必須でした。さらに夏に近づくと、雷やスコールのような激しい雨が降ることも多くなります。冬の間はほとんど雨が降らず、毎日が快晴だったので、その天気の変化には驚かされました。

全体として、ブリスベンの冬は本当に過ごしやすくておすすめです。夏は少し大変な部分もありますが、それも含めてオーストラリアらしい気候を体感できたと思います。
ブリスベンでは、夏になると「もう歩けない!」と思うほど激しい雨や雷が降ることがありました。まさにスコールで、一気にザーッと降って「これじゃあ仕事どころじゃない」と思うくらいの迫力です。ただ、スコールは一時的なものなので、すぐに止むのも特徴的でした。
特に雷は日本ではあまり見たことがないレベルで、「すごい!」と圧倒されるほど。最初の頃は驚きましたが、次第に「これがオーストラリアの夏なんだ」と慣れていきました。
それでも全体的に気候は良く、夏も含めてブリスベンでの生活を楽しめました。やはり一番過ごしやすいのは冬。日中は20℃前後と快適で、「これはもう冬じゃない」と思うほどです。ブリスベンの冬は晴れの日が多く、雨の心配もほとんどなく、外での生活を思い切り満喫できました。

「自分は自分」というスタイルで自由に生きている雰囲気が街全体から伝わってきて、服装も自由で、みんな自然体。それでいて人がとても親切で、道に迷った時や電車に乗る時なども、向こうから「どうしたの?」と声をかけてくれることが多かったです。
バスの中でも知らない人と自然に会話が始まったり、運転手さんが「ここがおすすめだよ」と観光スポットを教えてくれたりと、フレンドリーさを日常の中でたくさん感じました。異国で生活している不安もありましたが、ブリスベンの人々の温かさに支えられて、安心して生活できたのが大きな思い出です。
実際に私も友人と訪れたのですが、道に迷って住宅街に入り込んでしまい、不安になっていたところ、地元のおじさんが「どうしたの?」と声をかけてくれました。事情を話すと「僕が案内してあげるよ」と車に乗せてくれて、島の主要エリアまで連れて行ってくれたんです。運転しながら「この海が一番有名だよ」「ここからビーチやご飯スポットに行けるよ」と、まるでプライベートツアーのように案内してくれました。
日本ではなかなか考えられないような親切さに驚きつつ、オーストラリアの人の温かさを肌で感じる忘れられない体験になりました。島自体もとても綺麗で、海や自然を楽しむには最高の場所でした。
ブリスベンに滞在するなら、ちょっと足を延ばしてノースストラドブローク島に訪れてみるのをおすすめします。きっと特別な思い出になると思いますよ。
気になる求人を見つけたら、履歴書を添付してメールで送信し、返信を待つという流れです。
最初は履歴書の作り方がよく分からず苦労しました。すでに働いていた友人にアドバイスをもらったりして、なんとか形にできた感じです。でも、一度準備してしまえば応募自体はスムーズでした。
実際、採用が決まったお店は、最初に応募したところからすぐ返信が来て、面接とトライアルを経て採用が決まりました。思ったよりもスピーディーに進んで、自分でも驚きましたね。
最初の1か月はホームステイ生活で、学校や生活に慣れること、さらに家探しも並行していたので、仕事探しにまでは手が回りませんでした。本格的に動き出したのは7月にシェアハウスへ引っ越してから。
履歴書を作るのに1~2週間ほどかかりましたが、いざ応募を始めると意外と早く返信がありました。7月の第2週あたりから動き始めて、7月末にはすでに仕事が決まっていたので、実際には2週間ほどで見つけられたことになります。
応募はメールを中心に、とにかく気になる求人に履歴書を送りまくりました。40件近くは応募したと思います。そのうち3か所から返信をもらい、2か所で面接を受けました。そのひとつが実際に働いたお店で、採用が決まりました。
思っていたよりも早く決まったので、自分でも少し驚きました。ただ「採用が決まったから安心」というよりも、「まずはやってみよう。実際働いてからが本番だ」と気を引き締めていましたね。
お店はご夫婦で経営していて、ご主人がシェフ、奥さんは受付やホールを中心にしながら、全体を見て動いていました。バイトは私を含め2人程度で、忙しい日でも4〜5人ほどでお店を回していたため、一人ひとりの役割が幅広かったです。イートインのお客さんの対応はもちろん、外でイベントがあるときはバーベキュー台を出して販売することもあり、その際は接客や注文対応も行っていました。

キッチンでは、ハンバーガーや揚げ物をはじめ、いろいろな料理を作りました。シェフの補助的な役割も多く、みじん切りや仕込み作業、中華鍋を使ったチャーハン作りなどにも挑戦しました。実際、シェフから「弟子になれ!」と言われるほど多くのことを任せてもらいました(笑)。
味付けに関しては大手チェーン店のようなマニュアルがあるわけではなく、個人店ならではのやり方で、シェフが直接教えてくれるスタイルでした。チャーハンに関しては、すでに仕込みで味付けされていたものを炒めるだけなので、自分で味を調整することはほとんどありませんでした。基本的にはシェフが仕込みを行い、私はその手伝いや調理を担当するという形で、幅広い業務を経験できました。
ある時、夏の蒸し暑さで虫刺されに悩んでいると話していたら、次に来店された常連さんがわざわざ虫刺され用のクリームを持ってきてくれたこともありました。その気遣いにはとても驚きましたし、地元の人たちとの距離の近さを実感できて嬉しかったです。
また、お店のご夫婦も「新しいバイトだよ」と常連さんに紹介してくれて、そこからさらに関係が深まっていきました。小さな個人経営のお店だからこそ、スタッフとお客さんとのつながりが強く、温かい雰囲気の中で働くことができたのが、とても印象的でした。
球場の周りにはレストランやバー、食事スペースなどが併設されていて、とても広々とした環境でした。お客さんの多くはローンボールズを楽しみに来ている常連さんで、週ごとにカラオケ大会やクイズ大会などのイベントも開催されていました。仕事の合間に、そうしたイベントに混ぜてもらうこともあり、地元の方々と自然に交流できたのが印象的でした。
職場スタッフは日本人が中心でしたが、お客さんやイベント参加者とのやり取りは基本的に英語でした。英語に自信がない時は、日本語が分かる現地スタッフに聞いて助けてもらうこともあり、とても心強かったです。日本人同士で支え合いつつ、同時にローカルコミュニティともつながれる環境は、とても恵まれていたと感じます。
日本にいると、日本人だけの小さな世界の中で限られた価値観で生きていることに気づきにくいですが、海外に出ると「こういう考え方や生き方もあるんだ」と実感できるんです。
もし「行きたい」と思っているなら、ぜひ挑戦してみてほしいです。たとえ合わないと感じたら帰ってくればいいだけ。失敗したとしても命を取られるわけじゃありません。私自身にとって留学はプラスでしかなかったので、迷っているなら一歩踏み出してみる価値があると思います。
日本にいると「こうじゃなきゃいけない」という固定概念にとらわれがちで、人からどう思われるかを気にしてしまう場面も多かったと思います。私自身もそれが当たり前だと感じていました。

ところが留学先では、意見は人それぞれ違って当たり前で、自由に発言することが普通でした。そして、それが悪いことでも否定されることでもないと気づけたんです。その経験を通して、日本に帰国してからも「あの人はこうなんだな」「私はこう思う」など、人それぞれの違いを自然に受け入れられるようになりました。以前のように「それは普通じゃないよ」と決めつけることがなくなり、むしろ「普通って誰が決めるの?」と思えるようになったんです。
また、「こうしなきゃいけない」という考え方からも解放され、相手に対しても自分に対しても「それでいいんじゃない?」と自然に思えるようになりました。その結果、他人の考えと自分の考えが違ってもイライラすることがなくなり、気持ちがとても楽になったと感じます。
留学を通して価値観が広がり、人との違いを受け入れる柔軟さや、自分自身を縛らない生き方ができるようになったことが、最大の成長だと思います。

英語レベルも半年で2段階上がって終了されて、英語を話すことへの抵抗感がなくなりましたとのことで本当良かったです。
また日本人経営の日本食レストランでアルバイトされたそうですが、お店があったのが郊外って事もあってローカルのお客様しか来ないのでそこでも仕事中は英語漬けで仕事先にも恵まれた留学生活送れましたとのことでした。
今は既に看護師として仕事復帰されたそうですが、今後の事は考えて行動に移したいですって事でまたLanguage Exchangeにも是非ご参加いただけましたらと思ってます
引き続き札幌での新生活も応援してますね!
6か月間、英語の勉強+アルバイトを掛け持ちしながらの語学留学体験談更新です

ビザ | 学生ビザ |
---|---|
留学都市 | ブリスベン |
留学先学校 | Impact English College (インパクト・イングリッシュ・カレッジ(ブリスベン校)) |
目次
なぜ語学留学をしようと思ったのですか?
もともと「海外に住んでみたい」というのが長年の夢でした。コロナ以前からずっと行きたい気持ちはあったのですが、ちょうどコロナ流行が始まってしまい、なかなか実現できずにいました。それに加えて、英語を学んでみたいという思いもありました。学生時代から特別に英語が得意だったわけではなく、社会人になってから「旅行が好きだからもっと海外に行きたい。でも英語ができなければ海外ではやはり限界がある」と感じるようになったんです。
「喋れるに越したことはない」という気持ちと、新しいことに挑戦してみたいという思いから、語学留学を決意しました。仕事自体は好きで辞めたいという理由は特になかったのですが、一度立ち止まって新しい環境に飛び込んでみたい、そんな気持ちが強かったですね。
ブリスベンを選んだ理由は?
私はもともと札幌でしか生活したことがなかったので、いきなりシドニーのような大都会は少し自分には合わないのではと感じていました。ブリスベンは「ちょうど良さそうな規模の街」という印象があり、気候も温暖で過ごしやすいと聞いていたのも理由のひとつです。また、穏やかでフレンドリーな人が多いという噂も耳にしていて、そうした人柄にも惹かれてブリスベンに決めました。

実際に住んでみて感じたのは、想像以上に都会だったということです。特に街の中心部は活気があり、アジア人も多く暮らしていました。一方で、私が住んでいた北のエリアはローカルの人ばかりで落ち着いた雰囲気でした。そのギャップも面白かったですね。
シドニーにも旅行で行きましたが、人がとても多くて刺激的ではあるものの、長期で住むには少し大変そうだなと感じました。その点、ブリスベンは都市としての便利さと暮らしやすさのバランスがあり、自分には合っていたと思います。さらに、ゴールドコーストやサンシャインコーストといったビーチにも電車でアクセスできるのも魅力でした。
留学先はインパクトイングリッシュカレッジ
受講したクラスについて
私は最初「プレインターメディエイト」から始まり、その後「インターメディエイト」、最後は「アッパーインターメディエイト」で卒業しました。各レベルに大体2か月ずつ在籍していたので、プレ・インターが2か月、インターが2か月、そしてアッパーで卒業という流れでした。アッパーのレベルではまだ上達途中で、アドバンスまでは到達していませんでしたが、良い区切りとして修了しました。クラスの国籍・人数について
クラスの人数はどのレベルでも15~20人ほどで、1つのテーブルに5〜6人ずつ座る形式でした。最初のクラスは日本人が半分以上を占めていて、とても多かった印象です。2つ目のクラスも日本人と台湾人が多かったですが、最後のアッパーのクラスでは国籍がより多様になり、コロンビア、メキシコ、イタリア、ペルー、チリ、エクアドルなどさまざまな国からの学生がいました。特に台湾人とコロンビア人はどのレベルでも多かったです。先生の教え方について
先生については、各レベルで2人ずつ担当がいて、曜日ごとに先生が変わるスタイルでした。最終的には途中でクラス編成や担当変更もあったため、合計で6人以上の先生から授業を受けたと思います。先生によって教え方のスタイルは異なり、結果的にいろいろな視点から英語を学べたのは良い経験でした。印象に残っている先生は「リチャード」と「ノア」です。特にリチャードはすごく良かったです。彼の授業は教科書に沿って進めるというよりも、会話やゲームを通して実際に英語を使うことを重視していました。とにかく「話してなんぼ」というスタイルで、授業中は常に英語を使う環境を作ってくれました。
また、ネイティブが日常で使う自然な表現や、教科書では学べないような豆知識的なフレーズをたくさん教えてくれたのも印象的です。そのおかげで「テスト用の英語」ではなく「実際に使える英語」を学べたと感じます。
教材もユニークで、教科書をベースにするのではなく、先生オリジナルのプリントを使うことが多かったです。例えば文法を学ぶときも、ただ教科書を読むのではなく、練習用のプリントで会話やアクティビティをしながら学ぶ流れでした。そのため、授業後に教科書を見て「あ、今日ここをやったんだ」と気づくような感じでしたね。

ノアもまた良い先生で、リチャード同様に実践型の授業スタイルでした。どちらの先生からも「英語を実際に使って学ぶ」ことの大切さを強く学べたと思います。
アッパーのクラスでもリチャードは同じようなスタイルで、とにかく会話やアクティビティ中心でした。
一方で、ノアはまた違ったタイプの先生でした。インターミディエイトのクラスだったこともあり、文法を丁寧に教えてくれるのが特徴でした。授業の流れは「文法のポイントをホワイトボードでしっかり解説 → 練習問題で理解を確認 → その文法を会話やアクティビティで実際に使う」という形で、最初にインプットしてからアウトプットにつなげるスタイル。分からないことがあれば気軽に質問でき、クラス全体で発言しやすい雰囲気もありました。
教科書をそのまま進めるのではなく、大事な部分は時間をかけて説明し、逆に必要ないところは飛ばす、といった柔軟な進め方も印象的でした。文法をしっかり理解しつつ、会話で使う時間も多かったので、バランスの良い授業だったと思います。
印象に残ってる授業について
特に印象に残っているのは、サイコロを使ったゲーム形式の授業です。サイコロを振って出た目に応じてマスを進めながら、その場で英語を使って会話するというものでした。勉強というより遊びに近い感覚で、楽しく取り組めたので眠くならず、自然に英語が身についていった気がします。リチャードとノア、タイプは違いましたが、どちらも「実際に英語を使うこと」を大切にしていて、自分にはとても合っていた先生たちでした。
リチャードやノアの授業では、サイコロを使ったゲーム形式のアクティビティもありました。サイコロを振って止まったマスに書かれた英語の質問に答える、あるいは相手に質問をする、というシンプルなルールですが、自分で考えて英語で表現する必要があるため、とても勉強になりました。
同じテーブルの5~6人で行うので、他の人が答える内容をリスニングできたり、質問文を一緒に読み解いたりもできる点が良かったです。自分のターン以外でも「どう答えるのかな?」と集中して聞けるので、自然とリスニング力も伸び、飽きずに楽しめました。英語を「読む・書く」だけでなく、「考えて話す」実践型の学び方だったのが印象的です。

一方で、先生によってはまったくスタイルが違う場合もありました。例えば「教科書をひたすら進めるだけ」という授業スタイルの先生もいて、教科書の文章を順番に音読して発音を直される、といった形式です。もちろん発音矯正の面では役立ちますが、自分には少し退屈に感じられ、日本の学校式の授業のように思えました。
アッパーレベルでも先生は複数人いて(大体4人ほど)、授業担当が交代になることもあったので、「実践型でアクティブに学べる授業」と「教科書中心で淡々と進む授業」の両方を経験することになりました。結果として、自分に合う学び方・先生のスタイルがよく分かり、良い経験になったと思います。
母国語使用禁止ルールについて
私にとって、このルールは本当に良かったと思います。最初の頃は正直とてもきつかったです。英語がまだ全然分からない状態で、いきなり「英語だけで話してください」と言われても、言葉が出てこないし、相手が何を言っているのかも理解できない。最初のうちは授業中も「ただ座っているだけの人」みたいな感覚で、不安になったこともありました。でも、強制的に英語を使わざるを得ない環境だったからこそ、結果的にすごく良かったと感じています。特に日本人学生が多かったので、もし母国語禁止ルールがなかったら、間違いなく日本語ばかり話してしまっていたと思います。実際、このルールがあったおかげで「どうにかして英語で伝えなきゃ」と頭を使うようになり、リスニングも「相手の言い回しを真似してみよう」と吸収できるようになりました。
日本語を話せない状況が日常になるので、英語を習慣的に使うのが早く身についたと思います。最初は大変でしたが、今振り返るとこの環境があったからこそ上達が早かったのではないかと感じます。
ちなみに、このルールを破った場合は本当に帰らされることもあります。実際、私が在籍していたときにも一度だけ見ました。イタリア人の学生が廊下でイタリア語を話しているのをスタッフに見つかり、そのまま「Go home!」と注意され、帰宅させられていました。ルールはしっかり運用されているんだなと実感した出来事でした。
日本人スタッフさんについて
入学時には、全員が必ず日本人スタッフとのオリエンテーション面談を受けます。学習の進め方や今後の予定について確認するためのものなのですが、私の場合はその後も何度か相談させてもらいました。というのも、私は留学中にコロナに感染したり、原因不明の高熱で40度近い発熱を2回経験したりと、体調面でトラブルが重なったからです。学生ビザでは出席日数の管理がとても重要なので、「この欠席はどう扱われるのか」「卒業時期に影響が出るのか」といった点を細かく相談しました。
特にコロナの際は、最初の2日間はただの風邪かと思って休んでいましたが、その後病院で診断を受けた日から5日間が正式な「コロナホリデー」として扱われました。そのため、最初の2日分は通常の欠席扱いに。結果的には、休暇(ホリデー)の残りを調整して予定通りの時期に卒業できるようにしてもらいました。当初は12月末が卒業予定でしたが、相談の結果、12月上旬に早めに修了することができました。
こうしたやり取りを通じて、日本人スタッフの方とは自然と距離も縮まりました。特に体調や出席に関する不安を日本語で相談できたのは大きな安心材料でした。もし全部英語でやり取りしなければならなかったら、とても大変だったと思います。留学生活の中で、母国語で頼れるスタッフの存在は本当に心強かったです。
ブリスベンについて
ブリスベンの気候はどうだった?
ブリスベンでの生活は、一言で言えば「とても良かった」です。特に気候が自分には合っていました。私が渡航したのは冬の時期でしたが、ブリスベンの冬は日本の冬とは全く違います。昼間は20℃前後、朝晩は10℃前後と過ごしやすく、むしろ冬のほうが快適に感じました。日中は少し羽織れば十分で、「これくらいがちょうどいい」と思える気候でした。
ただし、家の中は少し寒かったです。暖房器具がなく、窓も開けっ放しという家が多かったので、最初は「え、本当に寒くないの?」と驚きました。ホストファミリーの子どもたちが薄着で元気に遊んでいるのを見て、日本との違いを実感しましたね。寒いときは服を着込めば対応できるので、そこまで困ることはありませんでした。
一方で夏はとても暑く、特に日差しが強烈です。外に出ると肌にじりじりとくるような感覚があり、日焼け止めや帽子は必須でした。さらに夏に近づくと、雷やスコールのような激しい雨が降ることも多くなります。冬の間はほとんど雨が降らず、毎日が快晴だったので、その天気の変化には驚かされました。

全体として、ブリスベンの冬は本当に過ごしやすくておすすめです。夏は少し大変な部分もありますが、それも含めてオーストラリアらしい気候を体感できたと思います。
ブリスベンでは、夏になると「もう歩けない!」と思うほど激しい雨や雷が降ることがありました。まさにスコールで、一気にザーッと降って「これじゃあ仕事どころじゃない」と思うくらいの迫力です。ただ、スコールは一時的なものなので、すぐに止むのも特徴的でした。
特に雷は日本ではあまり見たことがないレベルで、「すごい!」と圧倒されるほど。最初の頃は驚きましたが、次第に「これがオーストラリアの夏なんだ」と慣れていきました。
それでも全体的に気候は良く、夏も含めてブリスベンでの生活を楽しめました。やはり一番過ごしやすいのは冬。日中は20℃前後と快適で、「これはもう冬じゃない」と思うほどです。ブリスベンの冬は晴れの日が多く、雨の心配もほとんどなく、外での生活を思い切り満喫できました。
ブリスベン生活で印象深かったこと
ブリスベンで生活していて印象的だったのは、みんながとても自然に、公園や川沿いでゆったりと過ごしている姿でした。日本ではあまり見ない光景で、公園で寝そべったり、ご飯を食べたり、お酒を飲みながら生演奏を聴いていたり。特にサウスバンクでは週末になるとライブが行われていて、音楽を楽しみながら自由な時間を過ごす人たちで賑わっていました。
「自分は自分」というスタイルで自由に生きている雰囲気が街全体から伝わってきて、服装も自由で、みんな自然体。それでいて人がとても親切で、道に迷った時や電車に乗る時なども、向こうから「どうしたの?」と声をかけてくれることが多かったです。
バスの中でも知らない人と自然に会話が始まったり、運転手さんが「ここがおすすめだよ」と観光スポットを教えてくれたりと、フレンドリーさを日常の中でたくさん感じました。異国で生活している不安もありましたが、ブリスベンの人々の温かさに支えられて、安心して生活できたのが大きな思い出です。
ブリスベン留学中に行っておきたいおすすめスポット
ブリスベン留学中にぜひ行ってほしい場所のひとつが ノースストラドブローク島(North Stradbroke Island) です。ブリスベンからフェリーで20分ほどとアクセスが良く、美しいビーチや大自然を満喫できる人気の島です。実際に私も友人と訪れたのですが、道に迷って住宅街に入り込んでしまい、不安になっていたところ、地元のおじさんが「どうしたの?」と声をかけてくれました。事情を話すと「僕が案内してあげるよ」と車に乗せてくれて、島の主要エリアまで連れて行ってくれたんです。運転しながら「この海が一番有名だよ」「ここからビーチやご飯スポットに行けるよ」と、まるでプライベートツアーのように案内してくれました。
日本ではなかなか考えられないような親切さに驚きつつ、オーストラリアの人の温かさを肌で感じる忘れられない体験になりました。島自体もとても綺麗で、海や自然を楽しむには最高の場所でした。
ブリスベンに滞在するなら、ちょっと足を延ばしてノースストラドブローク島に訪れてみるのをおすすめします。きっと特別な思い出になると思いますよ。
学生ビザでの仕事について
仕事はどのように見つけましたか?
仕事は「日豪プレス」の求人サイトを通じて見つけました。他にも履歴書を直接配りに行ったり、「JAMS」や「Gumtree」などの掲示板もチェックしていましたが、最終的に採用が決まったのは日豪プレス経由でした。気になる求人を見つけたら、履歴書を添付してメールで送信し、返信を待つという流れです。
最初は履歴書の作り方がよく分からず苦労しました。すでに働いていた友人にアドバイスをもらったりして、なんとか形にできた感じです。でも、一度準備してしまえば応募自体はスムーズでした。
実際、採用が決まったお店は、最初に応募したところからすぐ返信が来て、面接とトライアルを経て採用が決まりました。思ったよりもスピーディーに進んで、自分でも驚きましたね。
仕事探ししてから決まるまでどのくらい?
1週間もかかりませんでした。最初の1か月はホームステイ生活で、学校や生活に慣れること、さらに家探しも並行していたので、仕事探しにまでは手が回りませんでした。本格的に動き出したのは7月にシェアハウスへ引っ越してから。
履歴書を作るのに1~2週間ほどかかりましたが、いざ応募を始めると意外と早く返信がありました。7月の第2週あたりから動き始めて、7月末にはすでに仕事が決まっていたので、実際には2週間ほどで見つけられたことになります。
応募はメールを中心に、とにかく気になる求人に履歴書を送りまくりました。40件近くは応募したと思います。そのうち3か所から返信をもらい、2か所で面接を受けました。そのひとつが実際に働いたお店で、採用が決まりました。
思っていたよりも早く決まったので、自分でも少し驚きました。ただ「採用が決まったから安心」というよりも、「まずはやってみよう。実際働いてからが本番だ」と気を引き締めていましたね。
仕事内容について
私が働いていた職場は、日本人だけで運営されている飲食店でした。私はキッチン担当でしたが、はっきりとしたポジション分けがあるわけではなく、少人数で回していたため、キッチンに限らずいろいろな仕事を任されていました。お店はご夫婦で経営していて、ご主人がシェフ、奥さんは受付やホールを中心にしながら、全体を見て動いていました。バイトは私を含め2人程度で、忙しい日でも4〜5人ほどでお店を回していたため、一人ひとりの役割が幅広かったです。イートインのお客さんの対応はもちろん、外でイベントがあるときはバーベキュー台を出して販売することもあり、その際は接客や注文対応も行っていました。

キッチンでは、ハンバーガーや揚げ物をはじめ、いろいろな料理を作りました。シェフの補助的な役割も多く、みじん切りや仕込み作業、中華鍋を使ったチャーハン作りなどにも挑戦しました。実際、シェフから「弟子になれ!」と言われるほど多くのことを任せてもらいました(笑)。
味付けに関しては大手チェーン店のようなマニュアルがあるわけではなく、個人店ならではのやり方で、シェフが直接教えてくれるスタイルでした。チャーハンに関しては、すでに仕込みで味付けされていたものを炒めるだけなので、自分で味を調整することはほとんどありませんでした。基本的にはシェフが仕込みを行い、私はその手伝いや調理を担当するという形で、幅広い業務を経験できました。
仕事中の印象に残っていることについて
仕事中で特に印象に残っているのは、常連さんとの関わりです。お店には地元の方が多く通っていて、皆さん本当に優しく、すぐに名前を覚えて声をかけてくれるようになりました。ある時、夏の蒸し暑さで虫刺されに悩んでいると話していたら、次に来店された常連さんがわざわざ虫刺され用のクリームを持ってきてくれたこともありました。その気遣いにはとても驚きましたし、地元の人たちとの距離の近さを実感できて嬉しかったです。
また、お店のご夫婦も「新しいバイトだよ」と常連さんに紹介してくれて、そこからさらに関係が深まっていきました。小さな個人経営のお店だからこそ、スタッフとお客さんとのつながりが強く、温かい雰囲気の中で働くことができたのが、とても印象的でした。
ローカルコミュニティだった職場環境
私が働いていたお店は、ローンボールズ(Lawn Bowls)というイギリス発祥のスポーツ施設の敷地内にありました。ローンボールズは、芝生の上でボールを転がし、目標の白い球にいかに近づけるかを競うゲームで、カーリングの滑らないバージョンのようなイメージです。ボール自体に重みがあり、投げ方によって左右に傾くのが特徴で、私はローカルのチームの方々に教えてもらいながら、実際に参加させてもらったこともあります。球場の周りにはレストランやバー、食事スペースなどが併設されていて、とても広々とした環境でした。お客さんの多くはローンボールズを楽しみに来ている常連さんで、週ごとにカラオケ大会やクイズ大会などのイベントも開催されていました。仕事の合間に、そうしたイベントに混ぜてもらうこともあり、地元の方々と自然に交流できたのが印象的でした。
職場スタッフは日本人が中心でしたが、お客さんやイベント参加者とのやり取りは基本的に英語でした。英語に自信がない時は、日本語が分かる現地スタッフに聞いて助けてもらうこともあり、とても心強かったです。日本人同士で支え合いつつ、同時にローカルコミュニティともつながれる環境は、とても恵まれていたと感じます。
留学を考えている人へのアドバイス
これから留学に行こうか迷っている人には、私は「絶対に行った方がいい」と伝えたいです。英語力が劇的に伸びたというよりは、人生経験としてとても大きなものを得られました。海外では自分で何でもやるしかない環境なので、自然と行動力が身につきますし、価値観も大きく広がります。日本にいると、日本人だけの小さな世界の中で限られた価値観で生きていることに気づきにくいですが、海外に出ると「こういう考え方や生き方もあるんだ」と実感できるんです。
もし「行きたい」と思っているなら、ぜひ挑戦してみてほしいです。たとえ合わないと感じたら帰ってくればいいだけ。失敗したとしても命を取られるわけじゃありません。私自身にとって留学はプラスでしかなかったので、迷っているなら一歩踏み出してみる価値があると思います。
この留学を振り返ってみて・・・
この半年間で自分は大きく成長したと感じています。特に「価値観の広がり」が一番大きな変化でした。日本にいると「こうじゃなきゃいけない」という固定概念にとらわれがちで、人からどう思われるかを気にしてしまう場面も多かったと思います。私自身もそれが当たり前だと感じていました。

ところが留学先では、意見は人それぞれ違って当たり前で、自由に発言することが普通でした。そして、それが悪いことでも否定されることでもないと気づけたんです。その経験を通して、日本に帰国してからも「あの人はこうなんだな」「私はこう思う」など、人それぞれの違いを自然に受け入れられるようになりました。以前のように「それは普通じゃないよ」と決めつけることがなくなり、むしろ「普通って誰が決めるの?」と思えるようになったんです。
また、「こうしなきゃいけない」という考え方からも解放され、相手に対しても自分に対しても「それでいいんじゃない?」と自然に思えるようになりました。その結果、他人の考えと自分の考えが違ってもイライラすることがなくなり、気持ちがとても楽になったと感じます。
留学を通して価値観が広がり、人との違いを受け入れる柔軟さや、自分自身を縛らない生き方ができるようになったことが、最大の成長だと思います。
北海道留学センター東出より
約6ヶ月間の語学留学を終えて帰国されて、ランチを一緒にしながら色々とお話を伺いました。
英語レベルも半年で2段階上がって終了されて、英語を話すことへの抵抗感がなくなりましたとのことで本当良かったです。
また日本人経営の日本食レストランでアルバイトされたそうですが、お店があったのが郊外って事もあってローカルのお客様しか来ないのでそこでも仕事中は英語漬けで仕事先にも恵まれた留学生活送れましたとのことでした。
今は既に看護師として仕事復帰されたそうですが、今後の事は考えて行動に移したいですって事でまたLanguage Exchangeにも是非ご参加いただけましたらと思ってます
引き続き札幌での新生活も応援してますね!
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