地元の新聞紙に掲載してもらいワーホリ中の大きな思い出ができました
2015年4月7日
現在カナダへワーキングホリデー中のYuichi君
最初はバンクーバーへ渡航し語学学校へ通い、その後はイエローナイフに移動しててワーホリ中のYuichi君の体験談アップです
昔から世界地図を眺めるのが大好きで、海外への興味は元々ありました。友人のワーホリの話しを聞いた時、羨ましいなと思いました。ただ、あと一歩海外へ踏み出す理由がその頃、僕にはありませんでした。 ある時、友人の紹介で日本語がとても上手なアメリカ人の友人が出来ました。
僕にとって初めての外国人のお友達です。その出会いが語学を勉強することの楽しさを得る機会となり、その友人と日本語だけではなく英語でも沢山のコミュニケーションをこれから取りたいなと強く思わせてくれました。これが僕の海外への背中を押す1番の理由となりました。
あとは、既に社会人である程度の貯蓄はありましたが、それでも学生Visaで長い間、海外生活を送れるだけの余裕はなかったので、滞在費用HolidayをWorkingで補うことの出来るワーホリVisaで渡航することを決めました。
初めて相談に行った帰りに手渡された語学学校紹介欄に載っていた学校の一つがCETだったと思います。 語学学校を選ぶにあたって、迷う方も沢山おられるとのことでしたが、僕に関しては、少人数、アットホーム、日本人少なめ、多過ぎないシンプルなカリキュラムが気に入り渡航予定よりもだいぶ前に学校を決めることが出来ました。
実際にそこで得たものは、どれだけ自分が英語が出来ないかってことでした。日本である程度勉強はしてきていたので、少し自信はあったのですが。でも、改めて自分の実力を知る機会にもなりましたし、その悔しさが今も継続して勉強をする糧にすることが出来ています。
学校は本当に他校と比べると日本人は少なく、アジア人は日本人だけであとの多くは南米と欧州からの留学生でした。他と比べると全体の年齢層は高めではあるのでしょうが、それでも僕の予想していた落ち着いた雰囲気というのはなかったですね。学校で決まって話しが合うのは、南米から来てるアラフォーの留学生達でした笑
今は地元の20年近くやってるローカルカフェでフルタイムで働いています。
カフェの仕事は元々、ホテルでハウスキーパーとして半年間働いていた時のセカンドジョブでした。イエローナイフに来てから1週間位、お客さんとして通い、試しに初めて自分でレジュメを落としたところ、すぐにインタビューの日にちの知らせがEmailで届き、インタビュー後のその日からお仕事が始まりました。
働き初めの最初の4ヶ月はファーストジョブが終わったあとの5時半から主にキッチンスタッフとして次の日のFoodの下ごしらえをするprep要員として働きました。野菜を切ったり、チーズを切ったり混ぜたりこねたり、沢山のチキンを焼いたり、そんな感じです。
5ヶ月目からはオーナーから店の表での仕事を任されるようになり、今ではコーヒーやドリンクを作るバリスタとキャッシャーを合わせてしています。勤務時間は夜のシフトで昼の2時半からcloseまでになります。少ないスタッフで回しているので、50席以上ある広いカフェですが、夜は基本2人で回していて、その内、僕は店の表を担当しているので、キャッシャーでオーダーを受け、そのオーダー内容にそってドリンクまだ作ってサーブするまでが、僕の基本の仕事内容になります。
それプラス、店内の掃除や物品の補充、お客さんがタクシーを読んでくれといえば呼びますし、柄の悪い客が来ればキックアウトしたりと、内容は思っていたよりも多岐に渡ります笑 休みは少ないですが、沢山のお客さんと仲良くなれることが出来ているので、とても満足して楽しく仕事をしています。
イエローナイフはカナダに11州ある中のノースウエスト準州という州都になります。州都といっても人口は2万人に満たない小さな田舎町で、昔から鉱山で栄え、今は言わずと知れたオーロラの観光業で栄えています。
この地域は、カナディアンと先住民であるネイティブカナディアンとが名目としては共存して暮らしているのですが、僕の客観的な感想としては、共存というよりはお互い干渉せずに暮らしているという印象です。 加え、海外からのワーホリメーカーやそれ以外の出稼ぎ労働者も海外カナダ国内問わずとても多く、イエローナイフにおいても、カナダの特徴の一つである多国籍の一面を見ることが出来ます。
たまたまの偶然と出会いから、ある日、カフェのお客さんで知り合いになった方からちょっと話聞いてもいいとなんとなくインタビューを受けていたら地元紙に大きく載せてもらうことが出来ました。
日本で僕を知る友人や家族にはとても喜んでもらえました。プラス、イエローナイフでも新聞の出た翌日にはお客さんから、新聞で見たよーと沢山を声をかけてもらえたので、僕にとってはワーホリの一つの大きな良い思い出になりました。
最初はバンクーバーへ渡航し語学学校へ通い、その後はイエローナイフに移動しててワーホリ中のYuichi君の体験談アップです
目次
項目 | 詳細 |
---|---|
ビザ | ワーキングホリデービザ |
留学都市 | 語学学校:バンクーバー 就労先:イエローナイフ |
留学先学校 | ILI Vancouver 【アイエルアイバンクーバー【旧シーイーティーバンクーバー】】 |
★札幌で外国人友達が出来て英語への興味が生まれワーホリに
まず、ワーホリという制度を知ったのが社会人になってからしばらくしてからでした。友人が、『オーストラリアにワーホリに行こうと思ってる』と言われ時に、初めてワーホリの存在を知りました。昔から世界地図を眺めるのが大好きで、海外への興味は元々ありました。友人のワーホリの話しを聞いた時、羨ましいなと思いました。ただ、あと一歩海外へ踏み出す理由がその頃、僕にはありませんでした。 ある時、友人の紹介で日本語がとても上手なアメリカ人の友人が出来ました。
僕にとって初めての外国人のお友達です。その出会いが語学を勉強することの楽しさを得る機会となり、その友人と日本語だけではなく英語でも沢山のコミュニケーションをこれから取りたいなと強く思わせてくれました。これが僕の海外への背中を押す1番の理由となりました。
あとは、既に社会人である程度の貯蓄はありましたが、それでも学生Visaで長い間、海外生活を送れるだけの余裕はなかったので、滞在費用HolidayをWorkingで補うことの出来るワーホリVisaで渡航することを決めました。
語学学校はバンクーバーのCET Vancouver
初めて相談に行った帰りに手渡された語学学校紹介欄に載っていた学校の一つがCETだったと思います。 語学学校を選ぶにあたって、迷う方も沢山おられるとのことでしたが、僕に関しては、少人数、アットホーム、日本人少なめ、多過ぎないシンプルなカリキュラムが気に入り渡航予定よりもだいぶ前に学校を決めることが出来ました。
実際にそこで得たものは、どれだけ自分が英語が出来ないかってことでした。日本である程度勉強はしてきていたので、少し自信はあったのですが。でも、改めて自分の実力を知る機会にもなりましたし、その悔しさが今も継続して勉強をする糧にすることが出来ています。
学校は本当に他校と比べると日本人は少なく、アジア人は日本人だけであとの多くは南米と欧州からの留学生でした。他と比べると全体の年齢層は高めではあるのでしょうが、それでも僕の予想していた落ち着いた雰囲気というのはなかったですね。学校で決まって話しが合うのは、南米から来てるアラフォーの留学生達でした笑
オーロラで有名なイエローナイフで働く
今は地元の20年近くやってるローカルカフェでフルタイムで働いています。
カフェの仕事は元々、ホテルでハウスキーパーとして半年間働いていた時のセカンドジョブでした。イエローナイフに来てから1週間位、お客さんとして通い、試しに初めて自分でレジュメを落としたところ、すぐにインタビューの日にちの知らせがEmailで届き、インタビュー後のその日からお仕事が始まりました。
働き初めの最初の4ヶ月はファーストジョブが終わったあとの5時半から主にキッチンスタッフとして次の日のFoodの下ごしらえをするprep要員として働きました。野菜を切ったり、チーズを切ったり混ぜたりこねたり、沢山のチキンを焼いたり、そんな感じです。
5ヶ月目からはオーナーから店の表での仕事を任されるようになり、今ではコーヒーやドリンクを作るバリスタとキャッシャーを合わせてしています。勤務時間は夜のシフトで昼の2時半からcloseまでになります。少ないスタッフで回しているので、50席以上ある広いカフェですが、夜は基本2人で回していて、その内、僕は店の表を担当しているので、キャッシャーでオーダーを受け、そのオーダー内容にそってドリンクまだ作ってサーブするまでが、僕の基本の仕事内容になります。
それプラス、店内の掃除や物品の補充、お客さんがタクシーを読んでくれといえば呼びますし、柄の悪い客が来ればキックアウトしたりと、内容は思っていたよりも多岐に渡ります笑 休みは少ないですが、沢山のお客さんと仲良くなれることが出来ているので、とても満足して楽しく仕事をしています。
オーロラ観光で栄える街イエローナイフ~イエローナイフについて
イエローナイフはカナダに11州ある中のノースウエスト準州という州都になります。州都といっても人口は2万人に満たない小さな田舎町で、昔から鉱山で栄え、今は言わずと知れたオーロラの観光業で栄えています。
この地域は、カナディアンと先住民であるネイティブカナディアンとが名目としては共存して暮らしているのですが、僕の客観的な感想としては、共存というよりはお互い干渉せずに暮らしているという印象です。 加え、海外からのワーホリメーカーやそれ以外の出稼ぎ労働者も海外カナダ国内問わずとても多く、イエローナイフにおいても、カナダの特徴の一つである多国籍の一面を見ることが出来ます。
地元の新聞紙に載る!!!
たまたまの偶然と出会いから、ある日、カフェのお客さんで知り合いになった方からちょっと話聞いてもいいとなんとなくインタビューを受けていたら地元紙に大きく載せてもらうことが出来ました。
日本で僕を知る友人や家族にはとても喜んでもらえました。プラス、イエローナイフでも新聞の出た翌日にはお客さんから、新聞で見たよーと沢山を声をかけてもらえたので、僕にとってはワーホリの一つの大きな良い思い出になりました。